大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)1061号 判決 1986年10月21日
甲、乙事件原告(以下「原告」という)
株式会社ツクダオリジナル
右代表者代表取締役
佃光雄
同
和久井威
右訴訟代理人弁護士
石田和雄
右輔佐人弁理士(甲事件のみ)
小田治親
甲事件被告(以下「被告」という)
株式会社渡壁正一商店
右代表者代表取締役
渡壁正一
乙事件被告(右同)
渡壁正一
乙事件被告(右同)
渡壁壽美
乙事件被告(右同)
渡壁繁太郎
右四名訴訟代理人弁護士
大原篤
同
大原健司
同
播磨政明
甲事件被告訴訟代理人弁護士
瀬戸則夫
乙事件被告ら三名訴訟代理人
(甲事件につき右大原篤、大原健司訴訟復代理人)弁護士
泉秀一
主文
一 被告らは、各自原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年四月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
三 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(甲事件)
一 請求の趣旨
1 甲事件被告は原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年四月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は甲事件被告の負担とする。
3 仮執行宣言(1項につき)
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の甲事件請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(乙事件)
一 請求の趣旨
1 乙事件被告らは、各自原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年四月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の乙事件請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因(甲、乙事件)
1 原告は、玩具の製造・販売等を業とする会社であるが、昭和五五年七月中旬以降別紙第一物件目録記載の回転式立体組合せ玩具(商品名「ルービック・キューブ」、以下この商品名で呼ぶ)を販売している。
ルービック・キューブの形態の特徴は次のとおりである。
(1) 正六面体であること
(2) 各面に独特の配色がなされていること
(3) 各面が九個に細分されていること
(4) 右各部分がそれぞれ縦、横に三六〇度回転すること
(5) 操作のしやすい適度の大きさであること
2(一) ルービック・キューブは、ハンガリーのエルノー・ルービック教授によつて創意考案され、商品化されてハンガリー国内にブームを呼んだばかりか、それがヨーロッパ全域、アメリカへと伝播し、一大ブームをまき起こした。
原告は、右ルービック教授より正当に実施権を取得したアメリカのアイデール・トーイ社から右商品の独占的販売権を取得し、昭和五五年六月初旬頃我が国に初めてこれを紹介したところ、玩具業界で直ちに話題の商品と目され、これを「ルービック・キューブ」と名付けて同年七月中旬頃発売開始するや驚異的人気を呼び、デパート、玩具小売店、アイデア・ショップ等に顧客が殺到し、その販売数量を割当制にする程の好評を得た。さらに、同年七月下旬から八月にかけて、一流週刊誌、新聞、テレビ等マスメディアも広告としてではなく紹介記事として、原告がルービック・キューブを発売したこと、その遊び方、及びその爆発的ブームの背景を伝えるまでとなつた。
(二) ルービック・キューブが発売開始以来短期間の内に一大ブームを呼んだのは、それ自体が創造性・新規性を有していたことと、アメリカを始めとする諸外国で周知著名であつたことに加え、原告がルービック・キューブの独占販売権取得に努力し、発売開始前の東京国際玩具見本市での紹介から現在まで、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌等のマスコミ広告媒体に多額の費用を投じ、積極的に宣伝に努めた結果であり、かつ、その製品についてはアメリカのアイデール・トーイ社の指定した香港の工場で生産したもののみを販売するという厳正な品質管理を採つてきたからである。
また、原告は、「RUBIK CUBE」を商標として登録出願(出願昭和五五年四月一一日)したほか、関連商標である「キューブ」(登録昭和四五年一二月一一日、登録番号第八八三二〇八号、指定商品第二四類)及び「キュービック」(登録昭和四六年七月二九日、登録番号第九一三五二七号、指定商品第二四類)の各登録商標権を譲受取得し、関連する特許権(特許番号第一〇一一二四九号、同第一〇一六四四一号、同第一〇一九九〇一号)について専用実施権を得るなどの営業努力をしてきた。
(三) ルービック・キューブは、右のような原告の宣伝広告行為及びマスメディアによる報道とその商品形態の特異性等により、その形態が原告の商品であるとの出所表示機能を獲得するに至り、右表示は、昭和五五年九月上旬頃には日本全国において広く認識されるようになつた。
3 被告会社は、玩具の卸売販売を業とする会社であるが、昭和五五年一一月中旬頃から別紙第二物件目録記載の回転式立体組合せ玩具(商品名「マイ・キューブ」、以下この商品名で呼ぶ)の発売を始め、昭和五六年四月九日大阪地方裁判所において販売差止め仮処分決定(同庁昭和五五年(ヨ)第五八七六号事件)がなされ、昭和五六年四月一三日に右仮処分の執行を受けるまで右商品を販売した。
4 マイ・キューブは、その本体の商品形態が前記のルービック・キューブの特異な商品形態と同一であり、ルービック・キューブと同様の円筒型プラスチック容器に入れ、ルービック・キューブに類似する「マイ・キューブ」という商品名を付して、ルービック・キューブの周知性に便乗する形で販売された。しかも、小売店、露店等において、「今話題のルービック・キューブ」「なぞの六面体パズル」「爆発的ブームのルービック・キューブ」の呼称を冠されて販売された。
被告会社による右マイ・キューブの販売行為は、取引者及び需要者に原告商品であるルービック・キューブとの誤認混同を生ぜしめ、原告の営業上の利益を害した。
5 被告会社は、前記のマイ・キューブの販売行為が不正競争防止法一条一項一号に該当することを知り、又は過失によりこれを知らないで右行為をしたものであるから、これにより原告が被つた損害を賠償する義務がある。
6(一) 前記損害の額については、商標法三八条一項、特許法一〇二条一項等の類推適用により、本件不正競争行為によつて被告会社の得た利益の額をもつて原告の被つた損害と推定すべきである。
被告会社は、マイ・キューブを昭和五五年一一月中旬頃から昭和五六年四月一三日までの間、一個九〇〇円にて四二万三四八六個販売し、合計三億八一一三万七四〇〇円の売上を得た。マイ・キューブの仕入価格は一個当りせいぜい五〇〇円であり、販売諸経費は粗利益の一五パーセント程度であるから、被告会社がマイ・キューブを販売したことによつて得た純利益は一億四三九八万五二四〇円を下らない。
(900−500)×(1−0.15)×423,486=143,985,240
したがつて、被告会社の不正競争行為によつて原告が被つた損害は、一億四三九八万五二四〇円である。
(二) 仮に、被告会社の得た利益をもつて原告の受けた損害の額と推定することが許されないとしても、原告は、被告会社のマイ・キューブの販売により、原告商品であるルービック・キューブの販売個数の減少を余儀なくされ、昭和五六年四月から同年九月三〇日までの間に約四二万三〇〇〇個の販売見込個数減を生じ、売上高が四億二三〇〇万円減少し、その三割四分に相当する一億四三八二万円の利益を失つたので、これと同額の損害を被つた。
(三) 仮に右(一)及び(二)の主張が認められないとしても、ルービック・キューブの新規性、話題性から、原告以外に販売を認めるとするなら、販売実施料として販売価格の少なくとも一割五分を課して許諾されるものである。被告会社によるマイ・キューブの総販売価格は前記のとおり三億八一一三万七四〇〇円であるから、原告が被告会社にその実施許諾を与えたとすれば、右総販売価格の一割五分に当る五七一七万〇六一〇円の販売実施料を得たはずである。
したがつて、商標法三八条二項を類推適用して、少なくとも右五七一七万〇六一〇円をもつて原告の損害の額とすべきである。
7(一) 被告渡壁正一は、被告会社の代表取締役として、自ら原告商品ルービック・キューブの模倣品の販売を計画し、前記のマイ・キューブの販売を遂行したものであり、その職務を行なうにつき悪意又は重大な過失があるから、商法二六六条の三第一項に基づき、原告が被つた前記損害を賠償する義務がある。
(二) 被告渡壁壽美及び同渡壁繁太郎は、いずれも被告会社の取締役として、代表取締役である被告渡壁正一の職務の遂行を監視すべき職務上の義務があつたところ、前記(一)の事情を知りながら、又は重大な過失によりこれを知らないで監視義務を怠り、被告渡壁正一の違法な職務遂行を放置した。被告渡壁壽美は、被告会社のマイ・キューブ販売に際し、販売先の業者から支払われる代金の前納金の管理及び商品の振り分けを中心になつて行ない重要な役割を担つていたものであるし、被告渡壁繁太郎は、マイ・キューブの販売期間中二、三回被告会社を訪れ、被告会社がマイ・キューブを販売している事実を認識していた。
したがつて、被告渡壁壽美及び同渡壁繁太郎もまた、商法二六六条の三第一項に基づき、原告が被つた前記損害の賠償義務がある。
8 よつて、原告は、被告会社に対しては不正競争防止法一条の二第一項に基づき、その余の被告らに対しては商法二六六条の三第一項に基づき、各自、前記損害の内金五〇〇〇万円及びこれに対する不正競争行為の後である昭和五六年四月一四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告が玩具販売を業とする会社であり、回転式立体組合せ玩具であるルービック・キューブを販売していること、その形態が、正六面体であり、各面の配色が違うこと、各面が九個に細分され、適度の大きさであることは認めるが、その余は争う。
2(一) 請求原因2(一)のうち、回転式立体組合せ玩具がハンガリーのエルノー・ルービック教授によつて創意考案され、その商品化とともにヨーロッパ全域、アメリカへと伝播し、一大ブームをまき起こしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
原告は、既に世界的にブームになつていた右玩具につき、アメリカのアイデール・トーイ社から、その香港製品を他の製品を取扱わないとの拘束条件下で輸入販売したにすぎない。
(二) 同(二)のうち、右玩具が諸外国で周知著名であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。
原告がルービック・キューブの発売を開始した時点において、右商品は既に世界的ブームを呼び、我が国業界に公知の商品ないしは普通商品になつており、右玩具につき、原告だけの商品であることを認めるに足りる何らかの創意工夫、新規性、特徴あるいは排他的販売権その他の権限は全く存在しない。
(三) 同(三)の事実は否認する。
3 同3のうち、被告会社が玩具の卸売りを業とする会社であること、マイ・キューブを販売したことは認めるが、その余の事実は否認する。被告はマイ・キューブを昭和五五年一一月二〇日頃から販売したが、昭和五六年二月以降はほとんど売れなくなつた。
4 同4の事実は否認する。
5 同5の事実は否認する。
6(一) 同6(一)のうち、マイ・キューブの販売価格が一個九〇〇円であつたことは認めるが、その余は否認する。
不正競争防止法一条の二の損害賠償責任に関し、特許法一〇二条等の規定は類推適用されるべきではない。しかも、本件においては、原告の商品ルービック・キューブは、アイデール・トーイ社から供給される限度でしか原告は販売できず、一般市場の需要を賄い切れず、すべての取扱商品は値崩れすることなく予定価格で売却された。また、原告の取引先は百貨店・有名玩具店であつて被告会社とは流通経路を異にしている。したがつて、被告会社がマイ・キューブを販売したことによつて原告には何ら損害が生じていない。
(二) 同(二)、(三)の事実は否認する。
7 同七(一)、(二)の事実はいずれも否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一<証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 原告は、玩具の製造・販売等を業とする会社であるが、昭和五五年七月二五日頃我が国において回転式立体組合せ玩具である商品名「ルービック・キューブ」の発売を始めた。(原告が玩具販売を業とする会社であり、回転式立体組合せ玩具であるルービック・キューブを販売していることは、当事者間に争いがない。)
2 ルービック・キューブの本体及び容器の形態は、別紙第一物件目録記載のとおりである。その本体は、一辺五・七センチメートルのプラスチック製の正六面体で、各面が九個のブロックに区分され、各ブロックは表面に色付シールが貼付され、各面の中央の一個を除きそれぞれ左右、前後に三六〇度回転可能であり、基本状態では各面がそれぞれ赤、青、黄、白、緑、橙の各色にそろえられており、適宜回転させて各面の配色を一旦崩し再び各面を同一色でそろえるなどして遊ぶパズル玩具である。ルービック・キューブは、六面の配色をそろえて透明プラスチック製円筒型容器に収納されて販売されるが、右容器の台座部分に、黒地に金文字で「Rubik's CUBE」や「ルービックキューブ」との文字商標が記載されたラベルが貼付されている。(ルービック・キューブの形態が、正六面体であり、各面の配色が違うこと、各面が九個に細分され、適度の大きさであることは、当事者間に争いがない。)
3 ルービック・キューブは、もともと昭和五〇年前後にハンガリーのエルノ・ルービック教授によつて考案されたものであり、数年後商品化されるやヨーロッパやアメリカで流行しブームとなつた。原告は、昭和五五年二月に西ドイツ及びアメリカにおいて相次いで開催された玩具見本市でルービック・キューブの存在を知り、日本に導入して販売することを企図し、既にアメリカにおいてルービック・キューブを販売していた同国のアイデール・トーイ社との間で、同社が香港で製造したルービック・キューブを原告が同社から購入して、日本国内で独占的に販売する旨の輸入販売契約を締結した。(回転式立体組合せ玩具がハンガリーのエルノー・ルービック教授によつて創意考案され、その商品化とともにヨーロッパ全域、アメリカへと伝播し、一大ブームをまき起こしたことは、当事者間に争いがない。)
4 原告は、ルービック・キューブの発売開始に先立ち、昭和五五年六月上旬東京晴海で開かれた国際玩具見本市に自社の商品としてルービック・キューブを出品し、同年七月下旬から右商品を発売することを発表し、そのことは業界紙で報じられ、早くも業界の注目を集めた。一方、原告は、右発売開始と前後して「RUBIK CUBE」の商標登録出願をしたほか、日本国内において既に独自に考案され特許の出願公告がなされていたサイコロ型回転式組合せ玩具(特願昭五一―第一二二一七一号)、回転式組合せ玩具(特願昭五二―第二七三四三号)等の発明につき出願人との間で専用実施権の設定等の契約を締結し、また、登録商標として存在していた「キューブ」(第〇八八三二〇八号)や「Qbic(キュービック)」(第〇九一三五二七号)につき各権利者との間で商標使用許諾又は譲渡の契約を締結するなどの営業努力をした。
5 ルービック・キューブは、日本国内での発売開始と同時に大人から子供まで広く人気を集めて爆発的な売行きを示し、同年九月末頃までには早くも一五万個が販売された。原告は、右発売に際し、ポスターを取扱業者に配つたり、雑誌等に広告を掲載するとともに、このパズルを解いた者には認定証を交付することとして販売意欲をそそる宣伝を積極的に行なつた。また、ルービック・キューブが爆発的なブームになつていることは、そのパズルゲームとしての難しさ、面白さとともに、新聞、週刊誌等の紹介記事でたびたび報じられ、これらの記事においては、ルービック・キューブの写真とともに輸入発売元である原告の名称も明記して掲載されていた。このようにして、昭和五五年九月末頃までには、ルービック・キューブは、ハンガリー人のエルノー・ルービック教授の考案にかかる世界的なブームを呼んでいるパズル玩具であつて、我が国では原告が輸入発売元となつて販売していること、その商品本体及び容器が前記のような形態をしていることは、玩具業者のみならず一般消費者の間にも広く認識されるに至つた。
右認定の事実によれば、昭和五五年九月末頃までには、ルービック・キューブの商品形態は、原告の販売する商品であることを示す表示として日本全国において広く認識されるに至つたものということができる。
二被告会社が玩具の卸売りを業とする会社であり、マイ・キューブを販売したことは、当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、被告会社がマイ・キューブを販売したのは、昭和五五年一一月頃から、原告が大阪地方裁判所においてマイ・キューブを含む被告会社販売の回転式立体組合せ玩具の販売禁止等の仮処分決定(同庁昭和五五年(ヨ)第五八七六号)を得てその執行をなした昭和五六年四月一四日頃までであつたことが認められる。
そして、<証拠>によれば、マイ・キューブの商品形態は別紙第二物件目録記載のとおりであり、その商品本体の形態は、回転式立体組合せ玩具であることに由来する特徴はもとより、その大きさ、色彩、素材等形態のすべてにわたり前記一の2記載のルービック・キューブのものと酷似していること、その容器についても、黒色台座付きの透明プラスチック製円筒型容器であり、右容器下部に金地に黒文字で「micube」、その右下に小さく「MADE IN JAPAN」と記載されたラベルが貼付されているものであり、右ラベルに記載された商標がルービック・キューブの場合と異なつているが、両者を比較すると類似していることは明らかであり、容器もまたその形態がルービック・キューブのものと酷似していることが認められる。
右認定の事実によれば、被告会社は、原告の商品であるルービック・キューブと商品形態の酷似したマイ・キューブを販売することにより、マイ・キューブを原告商品のルービック・キューブであるかのように一般需要者をして混同を生ぜしめたものと認められる。
右事実及び前記一認定の事実を総合すれば、原告は、被告会社の右混同行為により営業上の利益を害されたものと認められ、かつ、被告会社は右混同行為をなすにつき少なくとも過失があるものというべきであるから、被告会社は、原告が右行為により被つた損害を賠償する義務がある。
三そこで、原告の被つた損害について検討するに、不正競争防止法一条一項一号に該当する行為をなして他人の営業上の利益を害した場合の損害額の認定については、特段の事情がなければ、商標法三八条一項の規定を類推適用して、侵害者が侵害行為により受けた利益の額を被害者の損害の額と推定することが許されるものと解するのが相当である。ことに本件においては、前記一、二で認定したところによれば、原告の商品であるルービック・キューブは発売開始後爆発的ブームを呼び、驚異的な売行きを示していたものであり、被告会社はこのルービック・キューブのブームに便乗して商品形態の酷似するマイ・キューブを販売したものと認められ、さらに、<証拠>によれば、ルービック・キューブの爆発的人気は少なくとも昭和五六年五月頃までは衰えることなく続いていたことが認められるから、被告会社によるマイ・キューブの販売行為がなければ、原告はその分だけ実際に原告が販売した数量よりもさらに多くの数量のルービック・キューブを販売し、被告会社がマイ・キューブの販売により得た程度の収入をあげ得たはずであると推認することができるのである。
被告らは、原告はルービック・キューブをアイデール・トーイ社から供給される限度でしか販売できず、一般市場の需要を賄い切れず、すべての取扱商品は値崩れすることなく予定価格で売却されたものであり、また、原告と被告会社とは取引先を異にしているから、被告会社がマイ・キューブを販売したことによつて原告には何ら損害が生じていない旨主張する。なるほど、<証拠>によれば、原告は、アイデール・トーイ社との契約により、同社が香港で供給するルービック・キューブだけしか販売することができず、ルービック・キューブが原告の当初の予想を上回る爆発的人気を呼んだことから、発売開始直後から供給が需要に応じ切れず、ルービック・キューブを販売するデパート等では常に品切れ又は品不足の状態であり、被告会社がマイ・キューブを発売していた期間中も右状態は続いていたこと、ルービック・キューブは値崩れすることなく当初の発売価格である一個一九八〇円で消費者に販売されてきたことが認められる。しかし、前記のとおり、ルービック・キューブの爆発的人気は被告会社がマイ・キューブを発売していた期間より後の昭和五六年五月頃までは続いていたものであり、一方原告がアイデール・トーイ社との契約により販売可能な商品をすべて売り尽したと認めるに足りる証拠はないから、被告会社がマイ・キューブを発売していた期間中一時的に原告が品切れによりルービック・キューブの販売をすることができなかつた時期があつたとしても、そのことの故に被告会社のマイ・キューブ販売により原告に損害が発生しなかつたということはできない。また、原告と被告会社とが取引先を異にするとしても、最終需要者(消費者)まで異にするわけではないから、少なくともその段階で競合を生じるものというべきであり、直接の取引先が異なるからといつて、原告に損害が発生しないものということはできない。
そこで、被告会社がマイ・キューブを販売したことにより得た利益の額を検討するに、被告会社がマイ・キューブを一個九〇〇円で販売していたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告会社はマイ・キューブを前記発売期間中に四二万三四八六個販売したことが認められる。そして、<証拠>によれば、マイ・キューブの仕入価格はせいぜい五〇〇円程度であり、販売経費は粗利益の一五パーセントを超えない程度であることが認められるから、被告会社がマイ・キューブを販売したことによつて得た純利益は合計一億四三九八万五二四〇円になることが認められる。
他に特段の反証もないから、被告会社がマイ・キューブを販売したことにより原告が被つた損害は、右一億四三九八万五二四〇円であると推定するのが相当である。
四次に、被告渡壁正一、同渡壁壽美及び同渡壁繁太郎の損害賠償義務について検討する。
<証拠>によれば、被告会社がマイ・キューブを発売していた期間中を通じて、被告渡壁正一は被告会社の代表取締役、被告渡壁壽美及び同渡壁繁太郎はいずれも取締役であつたこと、被告渡壁正一は被告会社の代表取締役としてマイ・キューブの販売を自ら企画し遂行したものであること、被告渡壁壽美は被告渡壁正一の妻であるが、マイ・キューブの販売中、販売先の業者から支払われる代金の前納金の管理、商品の振り分け等に積極的に関与していたこと、被告渡壁繁太郎は、名目的な取締役であり被告会社の業務に直接関与はしていなかつたが、被告会社の代表取締役たる被告渡壁正一の行なう業務執行につきなんらこれを監視していなかつたばかりか、マイ・キューブの販売期間中二、三回被告会社を訪れ被告渡壁正一に「しつかりがんばつてくれ」と言葉をかけたことがあり、少なくとも被告会社がルービック・キューブの模倣品であるマイ・キューブを販売していることを知りながら漫然これを黙示的に追認放置していたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、被告渡壁正一は、被告会社の代表取締役としてマイ・キューブの販売行為を遂行し、ルービック・キューブとの誤認混同を生ぜしめて原告に違法に損害を与えたものであり、その職務執行に少なくとも重大な過失があることは明らかであるし、被告渡壁壽美、同渡壁繁太郎は、被告会社の取締役として代表取締役の職務執行を監視すべき注意義務があるのに、少なくとも重大な過失によりこれを怠つたものというべきである。
したがつて、被告渡壁正一、同渡壁壽美及び同渡壁繁太郎は、いずれも商法二六六条の三第一項に基づき、原告が被つた前記損害を賠償する義務がある。
五よつて、被告らは各自原告に対し、前記損害賠償金一億四三九八万五二四〇円の内金五〇〇〇万円及びこれに対する不正競争行為の後である昭和五六年四月一四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものというべく、原告の甲事件請求及び乙事件請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官露木靖郎 裁判官小松一雄 裁判官髙原正良)
(別紙)第一物件目録
商品名 ルービック・キューブ
商品形態 添付写真<省略>のとおり色の相違する六面体で、各面を九つのブロックに区分し、回転によりブロックの移動が可能な立体色合せパズルおもちやであつて、透明円筒にして黒の台座部分に金文字を配したラベルを貼付した容器に収納されている。
(別紙)第二物件目録
商品名 マイ・キューブ
商品形態 添付写真のとおり色の相違する六面体で各面を九つのブロックに区分し回転によりブロックの移動が可能な立体色合せパズルおもちやであつて、黒色の台座の上部に金地に黒文字でMICUBEと書いたシールを貼付した透明の円筒プラスチック容器に収納されている。